供えのパンを食べる神殿
レビ24:1~9│ 彼は安息日ごとに、絶えずこれを主の前に、整えておかなければならない。これはイスラエル人からのものであって永遠の契約である。これはアロンとその 子らのものとなり、彼らはこれを聖なる所で食べる。これは最も聖なるものであり、主 への火によるささげ物のうちから、彼の受け取る永遠の分け前である。」(8~9)
現場の人々は、いろいろな困難を訴えます。その人々が体験する困難は、創世記3章で始まった霊的問題から始まりました。それゆえ、どんな人も直すことはできません。イ スラエルの民もやはり、そのような困難がいっぱいある荒野の現場にいました。そのとき、神様は供えのパンを食べる神殿を言われます。なぜこのようなみことばを与えられ たのでしょうか。
1.正しい礼拝
神様は教会を24時間祝福されて、その教会を通してみこ とばをくださいます。このみことばが天幕に伝えられると き、25時の祝福につながります。それゆえ、神様は常に福音 が伝えられる神殿を注目しておられます。また、神様は、役 割をする教会から成就するみことばが宣言されるように導 かれます。これが私たちの現場に伝えられる祝福を通して 神様のみこころが成り立ちます。
2.いのち運動と永遠の祝福
正しい礼拝は必ずいのち運動につながります。礼拝はい のちで人を生かして、子孫には永遠の契約として伝えられます。正しい礼拝には、キリストがすべての問題を解決され たという福音を伝えるまことの祭司の祝福も含まれていま す。これこそが、この時代に供えのパンを食べる神殿をたてる私たちが受ける永遠の祝福です。
絶対主権で私たちを呼ばれた神様は、絶対計画を成し遂げる絶対契約を与えてくださいました。このような私たち が行く契約の旅程の中で、神様は絶対目標を成し遂げられ るでしょう。