神様の臨在
出33:12~23 すると、モーセは言った。「どうか、あなたの栄光を私に見せてください。」 主は仰せられた。「わたし自身、わたしのあらゆる善をあなたの前に通らせ、主の名で、あなたの前に宣言しよう。わたしは、恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」 (18~19)
定刻礼拝のための讃美 /505番 わが望み祈るのは
モーセは神様から与えられた最高の恵みは、神様が私たちとともにおられるインマヌエルの祝福であるということを知っていました。昔の言葉に、勇敢な者より知恵ある者がよい、知恵ある者より徳がある者がよい、徳のある者より天の恵みを受けた者がより良いということがあります。未信者も天の福を知っているのに、神様の子どもである私たちがこの事実を逃してはいけません。神の臨在を味わう人生こそ幸せな人生です。
1. 救いの奥義を知る人生
創世記1章2節に記録された暗やみ、混沌、空虚は創世記1章3節に出てくる光によって完全に解決されました。暗やみの問題は光だけが解決できますが、私たち個人の問題のために光として来られた方がイエス・キリストです。神様が人間にくださった本来の祝福を、目に見えないサタンが策略を使って奪い取りました。しかし、女の子孫がこの問題を解決すると約束されて、十字架で死なれ、復活されたキリストは契約を完成されました。イエス・キリストを信じて救われれば神様の子どもになります。神様の子どもという身分は救いの奥義の中で一番重要なものです。神様の子どもになった私たちにくださった最高のプレゼントがありますが、それがまさに御霊です。神様の臨在は聖霊が臨まれることで十分に味わうことができて、救われた各自に聖霊が臨み、神様のみこころを悟ることができる恵みを与えてくださったのです。
2. 神様の臨在を味わう方法
信仰生活の中で一番重要な方法は、みことばにしたがって行くことです。それだけではなく、みことばが新しく現れなければ動かないと決断して待つことが必要です。漠然と、怠けて座ったまま待つのではなく、「主の道を教えてください」と祈ったモーセの祈りのように、みことばを待ち望みながら待たなければなりません。答えられる神様を分かって、期待を持って待ち望むことを意味します。みことばによって天と地を創造された神様が、みことばで私たちの心の中におられ、みことばによって細かく私たちの人生と現場を導かれることを味わうのが信仰生活の中で一番重要です。主の民を地のすべての国々から区別し、神様の栄光を見せて、恵みを与えられるのが神様の方法です。この事実を知る神様の民にできる一番よい祈りは「私が主を知ることができますように」と祈ることです。この時、神様の子どもが危険な道を通る時は大きな岩に隠してくださり、主の御手で覆われる恵みを与えてくださるのです。
- 今日のみことばと今日の祈りの中で神様の臨在を味わうことは、神様の子どもが味わう最高の権威です。みことばを黙想しながら救いの祝福を深く味わいましょう
インマヌエル教会 聖日1部/ 2010.5.30