神様が行なわれる宣教
使徒19:21 これらのことが一段落すると、パウロは御霊の示しにより、マケドニヤとアカヤを通ったあとでエルサレムに行くことにした。そして、「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない」と言った。 定刻礼拝のための讃美 / 40番 輝く日を仰ぐとき
宣教は神様が直接成し遂げられることです。それぞれ異なる民族の人が、一つの地域で生活しています。世界宣教は、だれかの特別な使命ではありません。神様は世界福音化のために世界のあらゆるところに人を散らされました。この鍵が世界福音化のための多民族宣教です。神様はどのように多民族宣教を成し遂げていかれるのでしょうか。
1. 絶対的計画
イスラエルは、宣教に対する神様の絶対的な計画を悟ることができませんでした。民族主義と選民思想によって宣教の使命を全うすることができませんでした。宣教を悟ることができなければ、イスラエル民族のように、試練と問題を通して悟らなければなりません。世界すべての民族を生かす宣教を心に抱くときに、世の文化、貿易、言語が重要な門であるということが分かるようになります。世界福音化は、絶対的な神様の計画です。
2. 絶対的時刻表
宣教の理由を悟りさえすれば、絶対的な時刻表を知るようになります。神様の子どもの前に、だれひとり立ちはだかる者はいないと言われました。神様の絶対的な時刻表が来るなら、だれも防ぐことができないので、この時刻表の中に入ることが重要です。私の考えと世の中を捨てて、神様の方法で入っていくならば、時が来ればすみやかに成し遂げると言われました。神様の時刻表になれば、天と地、すべての国々が揺り動かされます。このときから、どんな問題や試練がやってきても神様の計画を妨げることはできません。
3. 絶対的祝福
初代教会は、マルコの屋上の間に集まった多民族の信徒とともに大きな祝福を受けました。宣教を心に抱いたピリポとエチオピアの宦官との出会いは、世界福音化の大きな門になりました。宣教を悟ったアンテオケ教会は、代表的な教会としての祝福を受けて、パウロも世界福音化のために備えられた祝福を受けました。宣教は方法ではなくて祝福です。絶対的な祝福を知り、伝道者の隊列に立つならば、宣教の重要性を悟ることができます。契約を握って祈りながらついていけばよいのです。
- 宣教のためにどんな実践をしていますか。一つの宣教地を心にとめて、祈り、物質、技能で持続的に後援をする決意をしましょう。