キリストを味わう祈りの力
ゼパニヤ2:7 海辺はユダの家の残りの者の所有となる。彼らは海辺で羊を飼い、日が暮れると、アシュケロンの家々で横になる。彼らの神、主が、彼らを訪れ、彼らの繁栄を元どおりにするからだ。
定刻礼拝のための讃美 / 352番 主イエスはわが君
聖書の核心は、すべての人にキリストが必要であるということです。イエスがキリストであり、イエスを私の救い主として受け入れる瞬間、キリストが私たちのキリストになるのです。この事実を悟って理解することは簡単なことではありません。それゆえ、聖書はキリストを神様の奥義だと表現します。悟ることを越えて福音を理解して、私の生活で味わうことは神様の奥義に加わることです。神様の子どもだけが味わうことができるまことの力と神様の力を、どうすれば私たちのものにすることができるのでしょうか。
1. 一日10分の幸せを探しなさい
一日24時間の中で10分だけみことばを握って祈ればよいのです。これは時間的な概念を越えて、実際的な祈りに向けた決断と挑戦を意味します。10分間祈ることはだれでもできますが、継続できないのが問題です。そのため、ただ10分ではなく福音にあって幸せになれる10分の時間を作らなければなりません。この時間を持つために祈り場を探したイエス様のように、パウロのように福音にあって味わう祈りの幸せを探せばよいのです。
2. 定刻祈りの切実さを回復しなさい
一日10分の味を知ると心が切実になり、答えを体験すると霊的な目が開かれます。そのときから私の一日が祈りの時間を中心に回ります。実際に今、私の内で働かれる聖霊を体験して、今も攻撃するサタンとの戦いを知ると真実になり切実になります。このような霊的事実の前で成り立つことが定刻祈りです。定刻祈りも時間的な概念を越えて、心と思いを集中する切実さを意味します。現場を見る切実さがつながるとキリストを味わう奥義の中に入るようになり、未来を変える24時を味わうようになります。
3. 福音体質に向けて挑戦しなさい
福音にあって幸せな祈りの奥義を続けると、祈りを味わうことが体質になります。まことの平安が訪れます。この世が与えられない、表現できない答えとまことの力が出ます。体質になる前は、悟っても他のことから幸せを探します。したがって、私の体質が福音に変わるように挑戦して継続することが必要です。
- 福音にあって一日10分間、切に祈ることが継続できるように決断して挑戦しましょう
Remnant Day / 2011.8.27