教会の中を見なさい!
使徒の働き2:41~42 そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。
定刻礼拝のための讃美 / 427番 日ごとよろこび
教会の中の多くの人は、いやされることを願っています。しかし、問題の中で、正しい霊的な目から開かれなければなりません。神様は聖霊によって、救われた神様の子どもを守って、保護しておられますが、サタンは神様の子どもを崩します。このようなとき、私たちはどのような選択をすべきでしょうか。伝道者の生活を生きながら教会を見ると、まず理解しなければならないことがあります。
1.救われた者
気の合う人、同じ趣味の人、水準の合う人の集いは、クラブ活動であって、教会ではありません。貧しい人、金持ち、知識人、子ども、大人の区別なく集まった所が教会です。もっと重要なことは、イエス・キリストによって救われた者の集いです。イエス・キリストを知って救われた者は、恐れることがありません。もし問題があっても、聖霊に満たされると、問題が土台になり、救われた者が、福音以外の他の動機を捨てると、神様の働きが始まります。
2.教会を通した正し
いいやし 初代教会は、契約を握って祈り、五旬節の日に風のような炎のような聖霊の働きを経験しました。福音を握って救われた者が集まって祈るとき、神様の働きと正しいいやしが起きます。もっと重要なことは、講壇のみことばを握ることです。神様が説教者を立てて、救われた私たちを祝福され、神様の御声を聞かせてくださいます。講壇のみことばに従って小さな実践をすると、みことばが私のものになり、みことばを聞くとき、いやされます。
3.信徒
すべての信徒は、神様がもっとも尊く思われる救われた存在です。弱くて苦しみの中にいる信徒は、もっと大きな祝福を受ける人です。彼らの背後に、見えない大きな救いと伝道の畑が隠されているため、尊い人です。教会は、私たちが伝道者の生活を生きるために、必ず必要な現場です。
- 福音を理解して、聖霊に満たされるとき、完全ないやしが始まります。運動と黙想、祈りは、私の体、精神、たましいをいやすもっとも良い方法です。私ができること、ふさわしい運動、黙想、祈りを見つけてみましょう。
核心訓練メッセージ / 2011. 4. 2