永遠の約束、受けた答え、受ける答え
ピリピ3:13~14 兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。
定刻礼拝のための讃美 262番 つみのやみじに 永遠の約束を見た人は、すでに受けた答えと、これから受ける答えを確かに知ることができます。この約束を握らなければ、絶対に現実的な問題を乗り越えることができません。神様が与えられた約束は永遠であるため、私たちの教会、私たちが受けた救いは永遠のものです。福音を持つ教会と個人は絶対に滅びません。私たちに与えられた約束と答えを正しく見なければなりません。
1.永遠の約束
私たちに永遠の約束を与えられる方は、主なる神様です。私たちはこれを恵みで悟って受けるようになります。すなわち、恵み以外には受ける道がありません。永遠の約束を与えられる方が主なる神様であるならば、その約束を握った人々はどのように生きるべきでしょうか。獄中書簡には、それに関する手がかりが提供されています。エペソ人への手紙は教会に関しての多くのメッセージが込められていて、ピリピ人への手紙とコロサイ人への手紙には、生活に関する多くのメッセージがあります。ピレモンへの手紙は、コロサイ教会の重職者であったピレモンに送った手紙です。ここで重要な核心は、「他のことはすべて捨てなさい」と「待ちなさい」ということです。私たちが永遠の契約を確かに握ったならば、他のことを捨てることができます。また、永遠の約束を知る人は待つことができます。
2.受けた答え
私たちが必ず見つけなければならない祝福があります。まさに、「キリスト」です。私たちが恵みを受けると、この単語がすばらしい単語として見えるようになります。また、自分の考えだけを強調しないようになります。私たちの考えどおりになるのではなく、神様の計画どおりになることがもっと重要です。イエスがキリストであるという事実(マタイ16:16~20)、キリストの中で受けた恵み(Ⅰコリント3:12)、未信者の状態(エペソ2:1~7)、初代教会が握った奥義(使1:1~14)、聖霊の働き(使2:1~13)などを悟って味わうべきです。このような答えはすべて、救われる瞬間、私たちがすでに受けた答えです。
3.受ける答え
私たちがこれから受けるようになる答えについて、もっともよく説明している聖書が、まさに「ピリピ人への手紙」です。ピリピ人への手紙は、私たちに事件が起きて、苦難があり、環境がどうであっても、最高の知識であるキリストを知るようになると、これから受ける答えが最高の答えであると記しています。このみことばを握って味わう分、すべてのものを従わせるキリストの御名の権威が現れるようになります。そして、私たちが受けた答え、受ける答えのすべてが神様の永遠のものと関係があります。 ⦁私に救いの確信がありますか。私が救われた神様の子どもであるならば、キリストを通して与えられた永遠の約束と受けた答え、受ける答えを深く黙想してみましょう。
伝道訓練院卒業特別講義 / 2009.7.15